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パワハラとうつが同じ病気であるという考察 現代型と従来型も同じ? [心の健康]

現代型のうつの場合は、「自己中心的」が従来型のうつに加わると考えれば、大抵分かっていただけるかと思います。

 つまり、

従来型うつ = 「心の未熟さ」、「生真面目さ」+「性格の優しさ」

現代型うつ = 「心の未熟さ」、「生真面目さ」+「性格の優しさ」+ 「自己中心的」

と。

 私も前回の記事を書いた後、この記事を一通り書き終えるまで、そのように整理しようと思っていました。

 でも従来型と現代型の違いって本当にあるのかなと、思うようになりました。

以前、【パワハラ考二】で昔の人は怒り方を知っていたと書きましたが、それは私の偏見を持った見方のように今は思います。

むかしも、ねちねちした人はいました。

 昔と今で何が違うのかと考えた結果、私の結論として下記を上げたいと思います。

 昔 下記の「会社」は「社会」と言い換えて良いと思います。

1)高度成長期又はその名残で「国民総中流」と言う互いの貧富の差をあまり意識しないで良いように思わされていた。

2)ある程度給料が年功序列で社会が整然としていた。

3)成長が右肩上がり又はまだ上がるだろうと期待があり、少し会社で問題があっても何とかなるさとか、いつかは良くなる期待感があった。

4)人がそれなりにいて、うつ方向に向かう人、パワハラに向かう人、それを止める人がバランスしていて、会社の中の雰囲気も応用だった。

昔の逆であると思います。

上記から、従来型のうつであっても、

「心の未熟さ」、「生真面目さ」+「性格の優しさ」+ 「自己中心的」

と結論づけました。

今も書いている内に、「性格の優しさ」と言う言葉は、パワハラーの「性格の強さ」の反対とするならば、「性格の弱さ」と書くべきですね。

「心の未熟さ」、「生真面目さ」+「性格の弱さ」+ 「自己中心的」

従来は、今ほど自分を表に出すことがない(出せない)時代、豊かでない社会が故に豊かになろうというプラスのベクトルが有り、うつ者もパワハラーもそのベクトルに乗っていてそれに向かってのことなら少しのことは我慢しようという気持ちが働いたのではないでしょうか。

また、社会にある程度余裕がありますから、うつとパワハラという両極端な者がいてもそれを正しい方向に導く人がいたり、とにかく連れ出して話そうとか黙らせろと言ったようなブレーキが働いていたと思います。

しかし、現代では、うつ者もパワハラーもそのような明るい未来を目指す共通ベクトルが無く自我を中心とした意識が表に出てしまいやすく社会もそれが表に出るまで、又はひどくなる前に止められず、あちこちでうつやパワハラーが生まれるままにしている状態ではないでしょうか。

周りの人間も進むべきベクトルが無くどうして良いのか分からない状態だと思うのです。

人間社会全てがそうなのかもしれません。

日本だけではなく、世界中そうなのかもしれません。


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