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私が元の職場で耐えた4年間 1 全容 [心の健康]

私のストレッサーは12/05に書いた「パワハラ考 3」の通り3人になりました。
ストレッサー登場時期は、最初がA課長でこの人がきっかけで治療を受けることになりました。治療開始から6ヶ月目にC先輩、2年目にもう一人(E君)が加わりました。

当時から今も支えてくれている方は、下記の通りです。
医療関係 主治医の先生、カウンセラーの先生、産業医の先生
会社関係 D先輩、F君(11/16のうつは「他人が見て分かるもんか」の文中「後一人」君です)、昔からの仕事仲間(別会社の人々)、G君(私と同じ病を持つ病仲間)
社外   スポーツ教室の関係者、ボランティア団体の関係者

一日の大半を会社で過ごす私にとって、職場で環境がかなり心に影響しました。

支えてくれる人と一日中話しているわけにも生きませんし、ストレッサーと対峙するときに同席してもらうわけにもいきません。

4年間職場を変えなかった理由
1)会社を辞めるというカードを切らないと心に誓った。
以前書いたように私には養う家族がいます。
資産無いので、収入が無くなる=生活に困るのです。

2)産業医がA課長と面談した効果が出ると期待していた。
 これは、最初の半年で崩れ去りました。
 それ以降は、会社でつぶれそうになったときに非定期で駆け込み寺として助けてもらいました。
 
3)うつになってから5ヶ月後に部長が交代した。
初登場ですが、Hさんが職場の部長になりました。とても穏やかで明るく、何でも話せる人物です。
H部長になってから、思い切って状況を相談しました。

このH部長との都度の面談やメールのやりとりが、最後の砦になりました。

4)仕事の特殊事情
私の仕事はユーザー会社に大型システムを試運転込みで納入するものです。
そのため、ユーザー会社との定期的な打合せ、システムのメーカー会社との同様の打合せ、数ヶ月に及ぶ試運転調整及び引き渡し教育のため、都度、自分の職場から時々逃げることが出来ました。
ユーザー会社にも私のことを気遣ってくれる人が出来、そのユーザー会社に行くと落ち着きました。
そのユーザー会社にA課長が、C先輩、E君(私を信用していないため)を派遣してきたので、完全ではなかったです。
都度、H部長にメールで相談したり、H部長の許しを得て定期的に、主治医とカウンセラーの診察・カウンセリングを受け続けられましたし、派遣先での会社の方にも支えられたので、この派遣先で何と自分を保つことが出来ました。

それでも、ストレッサー3人と今後もやっていく元気は出ないまま、大きな仕事が完了する時期となり、部長に無理を言って職場転換をしてもらいました。
この職場転換を前提とした面談は、この職場転換時点からさかのぼること半年、人事も入れて4回程度行われました。

H部長には今でも感謝しています。

新しい仕事、新しい職場、怖いと思いましたし、前の仕事に未練はありましたが、後ろは振り返らず、新しい道を歩み始めています。
といっても、ドラマのような終わりはなく、現在進行形ですので山谷有ります。

そのことはまた別の機会に。

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来たよ 3

コメント 3

塚ぴょん

仕事をしていると、対人関係は避けては通れませんね!
前向きにやっていきましょう~☆
by 塚ぴょん (2012-02-25 09:39) 

さきしなのてるりん

なるほど。そうでしたね。職場の環境のことすっかり忘れてました
でも今はいいのですね?
by さきしなのてるりん (2012-02-25 23:03) 

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