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パソコンとの出会い テレビゲームから [パソコン]

私が子供のころは、今のようなデジタルゲーム機はありませんでした。
子供のころは、鉄腕アトムのような21世紀が来るのだろうと思っていましたが、夢物語の世界へのあこがれでした。
その頃はずっと子供時代が続くくらいに考えていましたので、自分が大人になることさえ想像出来ませんでした。

テニスというテレビアンテナ入力にゲーム機を接続する簡単な機械が登場、アップル2が売り出されるのを見ながら育ちましたが、私が自分のパソコンを初めて購入したのは、25年近く前のNEC PC98に対抗して世界標準のPCAT機が少し店頭に並び始めたころでした。
それ以前は学校や会社にあるPC98を使用する(もちろん勉強や仕事ですよ)ことで満足していましたが、自分の世界を広げたくて大枚をはたいてPC98の方を選択し購入しました。
当時軽自動車が一台買える金額を払った覚えがあります。その頃は、ペンティアム登場以前で、windows3.1が出たばかりでした。
第一目的のフライトシミュレータはマイクロソフトのVer.4(FS Ver.4)でDOSモード動作、インターネットはやっとはやり始めで、modemによるとても遅い時代です。インターネットと言ってもniftyのフォーラムが全盛でした。

当時は、DOS上の主メモリ640KB縛りぎりぎりのソフトを動作させるため、config.sysと呼ぶ環境設定をいかにつくるか競い合っておりパソコン雑誌にも特集が組まれる状況でした。
今の若い方にはなんのことか分からないと思いますが、自分で工夫し1KBでも隙間を空け、ソフトが動くようになったときの快感は今でも忘れられません。

遅いインターネット環境を通じて世界各国のFSファンがただで提供してくれるPCAT用のFS用の機体を何十分も掛けてダウンロードし、ポリゴンのかっこわるいセスナに変わり、ジャンボジェットが自分のパソコン内を飛んだときの感激も昨日のように覚えています。

でも時代は世界標準のPCATへ流れ日本固有のNECPC98は勢力を失い、FS用の周辺機器の代表であるジョイステックとラダーペダルはPC98用には満足な物が発売されないままとなってしまいます。
FS Ver.5をPC98バージョンで買って遊びましたが、それまでは離陸が出来てただ飛んでいるだけで満足だったのが、着陸までさせたいと思う気持ちが強くなり、上記のような状況ではPC98に未来はないと、PCAT購入を決断しました。
FSの世界は日本が主ではなく、外国のファンに支えられていたところが大きかったことも決断した要因の一つです。

丁度ペンティアム133MHzが発売されたころPCATとの付き合いが始まりました。
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